2013年06月19日

自分とは何か.2

この世の経験で積み重ねられた 自身の経験によって 人は様々な定義づけを行い 親とは何か
趣味とは何か 友情とは何か・・・と 今回の自分の思いと考え方を積み上げていきます。
それは自我と言う 今回生まれたばかりの自分自身のものです。

一方魂の中の思いと考え方は 高い次元の導き手である神我と たくさんの人格達の思いと
考え方が 自我に届けられたものです。

よく昔から 今からだが不自由な人は 生まれる前に悪い事をしたからだ・・・。
と、言われることが多くありました。
カンボジアの救済活動をしている知人は 地雷の被害者たちは そのように言われて差別されることが
体が不自由な事より辛いと カンボジアの方々の気持ちを述べられていました。

先に結論からお伝えしますと、輪廻転生において 罪を犯したから 現在の苦難があると思うのは
間違いです。

私が輪廻転生において 過去世を振り返った時 ビリーミリガンのお話の回で 説明しましたように
人として好ましい人生と 人として好ましくない 人生があったのを 思い出します。
誰かを救うような 偉大な人生もあれば 夫婦仲が悪く ほとんど夫と口をきかない人生などもありました。

目の前で 愛する人が胸を打たれ 私の膝の上で息絶えた時も アフリカの時代 病気で幼い子を
亡くし その遺体を手放すことができず 大変苦しんだ時もあります。

この人類の歴史の中で 人を殺したことのない人生を送った魂は一つもありません。
どこかの国で 必ず経験をしている。もちろん それはその時代の理由というものがありました。
ヨーロッパの時代 酷い障害を背負って生まれた時もありました。

そこだけ聞くとなんと恐ろしい事か・・・。そう思って 輪廻転生を信じたくなくなるかもしれません。

しかし そう言った経験があるから 今それを繰り返す ではないのです。

例えば 日本で武将をしていた時代です。私は国の民を守らんがために 他の国(日本国内同志)の民を
何人も手にかけてきました。私は トップから名誉を与えられ 意気盛んに戦っていましたが 長男が
元服間際の 人生で一番輝いている時に 敵国の 鎧すらつけていない小姓に 命を取られました。

人は魂に戻った時 その人生を振り返ります。
そこで 学んだのは どんな理由があっても 他の命を途中で止めてしまう事を 絶対にやってはならない。
と言うことです。戦争の時代は 戦い方やどれだけ勢力を伸ばしたかが引き継がれる思いではなく 
どれだけ仲間を信じたか。どれだけ心を繋げ お互いを思いやったかです。

重度の障害があった時代は 家とその前の6畳ほどの石畳しか 私の知る世界はありませんでした。
しかし 働くことも まともに物を考える事も出来なかった私を 親は決して見放すことはなく、他の人から
の迫害から守ってくれました。 貧しい時代でしたので 家族がニコニコと余裕を持って 生きては
いませんでしたが 私を追い出すこともなく 兄妹との食事の差別は一切ありません。
20数年しか生きられませんでしたが とても温かい愛を感じた素晴らしい人生でした。

他の者からすると その人生は障害があった上に 寿命短く さぞかし不幸であったと考えるでしょう。

パラオでの人生を振り返りながら その時兵隊として亡くなった方が 現在の友人の夫たちである人々
がいます。 兵隊の時と今のその方々と キャラクターが変わっていません。
今はもちろんすこぶるお元気で幸せに過ごされていますが、アメリカ軍が攻めてくる直前の彼らは
とても最後まで立派でした。 お一人は 自分はおそらくこの戦いが人生最後となるであろう・・。
そうわかっていながら 最後まで私達に 心配と胸の痛みを与えないようにと 
「私は 大丈夫ですから。」と 笑顔で 話されました。
今それを思い出して なんと思いやりの深い立派な方だろう・・・。
その方の現在の奥様に それを伝えながら 涙が止まりませんでした。

この世の悲惨は この世にいる間は 悲惨でしかないでしょうが 人生を終え 魂に戻った時
純化という事が行われ 実は 悲惨や苦難も 大切な心の材料となるのです。

純化は 人間として生きている間 魂の経験したことから 愛と善を抽出し
 それを心の大切な宝物とする作業です。

魂に戻ると 思いは濾過されると言うことなのです。

抽出された 『愛と善』の思いは さらに この世で それを拡大していくための物語を経験するのです。

要するに 魂の輪廻転生の目的は この世という 喜び・悲しみ・困難・融合・絆作り・挑戦・愛すること・
愛されること この世という次元だからこそ 経験ができる事の中で 

『魂の中の 愛と善の向上を果たし 人格という心の価値の向上に向かっていくのです』

24人格持ったビリーミリガンが 何故この世で犯罪と言うものを犯したのかというと 彼の言う「心のスポット」
に表れた人格者を そのまま表現したからです。彼が病的であると言われるのは 24人格持っていることではなく
過去世で 純化という思いの濾過作業で 抽出されたものを使って この世を生きるのではなく
心の中に存在する 荒くれた男性の記憶を 自我のビリーが演じてしまった事が 病的で問題なのです。

しかしビリーミリガンという男性が 何故そのような問題者となったのか・・・。

それは彼が 人は多重人格である と言うことを 人々に伝えるための 
大切なメッセンジャーだからなのです。





自分とは何か.2


Posted by 愛 みーこ at 08:45│Comments(0)
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