2013年06月07日

超自然的ものとの始まり

翌日宮崎空港へ 娘と私 K先生の5人で行きました。
東京発 宮崎を見ています。
東京から到着しました。 娘たちが書いた 飯田氏の似顔絵の顔を探します。

似顔絵は 飯田先生が来る!と 叫んだあと どんな顔? と言って書かせたものです。
それから ずっと後になり 飯田氏の顔をネット上で見た時メガネをかけているところなど
かなり類似していました。

出口からどんどん人がでてきますが、最後の人まで見当たりませんでした。

娘にどこいるのか 尋ねると 「ここにいるよ。だって 頭の中には この風景が見えているんだもん」

娘の描写は 宮崎空港内であることは よくわかります。

もう一便待ってみよう。
しかし 次の便も降りてきませんでした。
「ここにいるはずなんだよね。だって ここの場所が見えてるもん。」
アナウンスで呼び出しをしてもらいましたが、現れません。

次の便は 午後になります。これ以上K先生にお付き合いしていただくわけにはいきません。

「先生すみません。」心は まだ納得しないまま 謝りました。

K先生は 明るく「ウナギご馳走してあげるわよ!行きましょう。」
そう言って下さり ウナギ屋さんで 先生にご馳走になったあと ご自宅へと送り届けました。

帰りの車の中で 娘たちは「おかしいな。ずっとママを見てたんだよ。その人。」
そう言います。「飯田先生 カレーが食べたいって。そして 海がみたいって言ってた。」
「小さい犬も連れて行くっていってたから 楽しみにしちょったんだけど。」

帰宅後娘たちに その後何が見えるか質問し続けました。
建物が見えて そこにその人はいる と言いました。
しかし「その人 顔が変わるんだよね」
「えっ どういうこと?」 「その人ヘロヘロおじさんなんだよ。」
「ヘロヘロおじさんて何?」  「顔をね いろいろ変えられるんだよ。」

「飯田先生じゃないと?」  「今はまた違う顔になってる。」

二階にある子供たちの勉強部屋で 三人それぞれの机に座らせました。
そして見えている場所を 絵に描かせました。
彼女たちの書いた絵は・・・・・・・・・・・・・。

三人とも同じでした。 そこは 2階建て どこかで見たことのある場所。

そうわが家だったのです。

私は もしかして・・・そう思い そのヘロヘロおじさんについて聞きました。
本棚から ある本を取り出して その表紙の顔の絵を見せながら。
「もしかして その顔を自由に変えられる人って この人?」

「そう この人だよ!」

それは 私が子どもの頃 自分で買った 伝記シリーズの一冊でした。

その本は 『キリスト』でした。
子ども達が 自由に顔を変えられる人 自分たちを じっと見ている人 ありえない伝達手段を
ありえる事と知らせてきた人  
それは キリスト意識との交信だったのです。

もちろん私達は クリスチャンでもなければ 宗教者でもありません。
娘たちは 3人とも クリスチャン系の幼稚園には 通っていましたが 私は 始めそのような
宗教的幼稚園に通わせる事を 戸惑っていたくらいです。しかし 家から近い事と 先生方の
良い人柄で通わせることとしました。

実家は仏教で 仏壇はありますが 墓参り以外で宗教に触れる事は 子どもの頃からありませんでした。

そんな私が 娘たちが 頭の中に見えている人を 何故キリストの顔か と聞いたのには
不思議な体験が 始まってまもなく 私自身が キリスト意識の存在に対する
超自然的体験をしていたからでした。



超自然的ものとの始まり


Posted by 愛 みーこ at 09:58│Comments(0)
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